Arrive to "1000"


ふと気づくと。


あたしはそれまで見たこともない位の大きさの館に立っていた。


見上げるとそこにはその天井の高さに見合ったとてつもない大きさの(多分)男が
あたしを囲むように3人、これもまた信じられないくらい大きい椅子に腰掛けている。
…そう、松永の爺の下で足軽やってたとき奈良で見た東大寺の大仏。ちょうどあのくらいのでかさ。
もっともその大仏さんには爺が火をつけてしまったんだけどさ、もったいない。


『娘よ』


舘中に響き渡る声。真ん中にいるヤツがしゃべっているらしい。


「何よ」


答えるあたし。


『汝は死んだ』


「知ってるわ」


負け戦で森に潜んでいたあたしを誰かが見つけて、逃げようと背を向けたところに
鉛玉が何発も身体を貫いたのを覚えている。
しぶとく戦場を残ってきたあたしでもさすがに思ったわ、あーだめだって。
最期に思ったことは


「一発狙いで猿を止めて、禿げオヤジなんかにつくんじゃなかったわ」。







『ここは死んだ者が訪れる裁きの門。今日までの業(ごう)の深さによってお主がまた新たな生を受けるか、
それとも屈辱にまみれた地獄に堕ちるかはそれらをここで我らが決める…
早速だが、汝は今日、ここに来るまで何人の人を殺めたと思う?』

右のヤツがそう言った。


「…人は全部で999人よ、動物を入れたらキリがないわね」


『ほう、殺めた者の数を覚えておるのか』


「忘れたくても勝手に頭が覚えてるだけよ、何故か。…それだけ。いちいちどこで誰を殺ったなんてちっとも覚えてないわよ」


左のヤツが言う。


『それだけの命を奪ってきたこと、後悔はしておらんのか』


「ぜーんぜん。悪いかもって思うときはあったけどさ。戦まみれのこの時世、生き残る
ためには仕方がないでしょ」


そのときあたしの頭に浮かんできたのは13の時、サムライになると言ったあたしを
女のくせにと押し倒そうとしてきたヤツの醜い顔だった。
羽交い締めにされかかったところを近くにあった拳大の石で頭蓋を何度も殴りつけた。


何度も。何度も。





それが初めて人を殺したとき。何だかんだその感触は獲物が石から刀になっても今なお残っている。


左の人間が言う。

『だが、汝は必要以上に人を殺めてなかったか?…4年前、戦と無縁な母子を殺したのは何故だ』


「えーと…あ、あれね。戦火の中に勝手に飛び込んできたんでしょ?大将さんを追っかけてる時に出てくるもんだから、
邪魔で切り捨てただけよ―悪いとは思ってるわ」


中央のヤツが続けた。


『3年前に旅の商人を襲っただろう』


「お腹が空いてたから恵んで貰おうと思ったら全く話にならないからよ。
あの時の空腹なんて相当やばかったんだから」


更に右が言う。


『去年の夏、床を共にした男を突然斬ったのは』


「ああ…あれは死んで当然ね」



「…だってど下手なんだもの」




『汝を転生させるのは余りにも危険すぎる』

3人が口を揃えて言った。


『まさか、100年に出るか出ないか稀に見るほどの極悪人が女だとは…』

『だが、墜とすとしてもそれではこやつには全く意味をなさぬのでは…』

『この女のの前世の侍はほんに立派なものだったのだが…若い頃は五条の大橋で刀を…』


『…あれを使うのはどうだろうか』


『あれか?あれはまだ』


『だが実験としてあれをこやつに使うのは確かに』


段々イライラしてくる。


「前世なんて関係ないし、何をやろうとあたしはあたし。そうやって生きてきたんだから、
後悔もなにも絶対するつもりなんてないわ。地獄に墜とすならごちゃごちゃ言ってないで
さっさとやって貰おうじゃない」


勢いで言ったあたしのその言葉を聞いて―

3人が同時にうなずいた。


『汝を転生させる』



「どうせあれでしょ、地獄って鬼とかいたりして金棒持ってて…って、は?」


転生?転生って生まれ変われるって事?


『ただし、汝が生まれ変わるのは1000年後だ』


「…は?いっ1000年ってちょっと…」


『それまでお主は意識のあるまま、何も感じられない―ただ、無駄に時間を過ごすためだけしかない暗闇の洞穴へ幽閉する』


ちょっと待ってよ!それって…




ガコン。





扉が閉まるようなフェードアウトを起こしあたしは闇の世界に墜ちていった。























たんたんたんたんたん…



「ごめんなさい!残念だけど…」


…何度吐き捨てた言葉だろう。ここまで多いとまさしく本当に「吐いて」「捨てている」。
会社の先輩はそんなこと今まで言われたこと無い、と言わんばかりに顔を引きつらせて何とか応答してきた。


「そんな…僕のどこがいけないんだ?」


そして、これも何度聞いた言葉か。
この台詞が返って来る時点で振って良かったんだなと最近は思ってしまう。
どうして?と言われても合わないんだからしょうがないじゃない、と。そうなるとただの水掛け論なわけで。


「本当にごめんなさい!!急いでるんです!!」


36計逃げるにしかず。
ダッシュで男の脇を通り過ぎるあたし。


カチリ…そんな音が頭に響いてぽっと数字が浮かぶ。…997。






たんたんたんたん…



「あー、高見?コーヒー持ってたからいつもの感じだと屋上じゃないかな」


「はい!ありがとうございました!」


「あ、ちょっと待って…君って確か今年受付で配属された…」


「あ〜…ごめんなさい、急いでいるので」


カチリ…って。


「うそ!!あんなのもカウントされるの!?」


もうなんだか滅茶苦茶になってるじゃん!









たんたんたんたん…がたん!


会社の休憩時間。
最上階まで階段を登りきり、屋上へ続く非常階段の扉を開けた。


…とりあえずもう人には会わないと思う。


「はぁ〜〜〜どうなってるのよ、全く…」


足を止めて階段の手すりにもたれかかり息を整える。


何とかここまでで998。


このカウントが次の桁に行く前に決着をつけることが出来そうだ。


1000までに。


…根拠はないけど1000までに成し遂げないといけない気がする。







16のある日の朝起きると、あたしの前世の記憶は蘇っていた。
それも「今のあたし」と何の問題もなくとけ込むような感じで。
記憶が戻ったことを認識したあたしは「ああ、そう」の一言で納得。運良くまた人間として転生できてたんだ。

突然の記憶の回帰…多分、あの何もない空間のせいではないだろうか。
…あれだけは本当にこたえた。


何もなく、誰もいない。
動くこともままならない。叫んでも叫んでも反応はなくまるでこの世ではないように
(いやこの世ではないのか)長々とあたしの声はこだまする…


だけれどただ、意識だけがそこにある。そんな今にも発狂しそうだったあの時―
その記憶までしっかりとあったことも把握した瞬間に軽い吐き気を催す。


普通に生きたい。ただそれだけの願いへの執着。




あたしの生まれた日を改めて逆算する。前のあたしが死んで転生したのが…999年後。1年早かった。
よくよくあたしは"1000"に縁のない女ならしい。


とりあえず今と昔の記憶の混乱も起こっていないし、ただ単に余計な記憶が増えただけと考えればいい。
望んでいた「普通」をあたしは手に入れているのだから。


…どっこい、そうは問屋が卸さなかったわけだけども。










記憶が戻ったその日の朝、通学中のバスにて見知らぬ会社員らしき男に突然車内で告白される。
別に告白自体は初めてではなかったが(どちらかと言えば縁がない方だったけど)、
でもまぁそれでもこの唐突さといったら。
…そう、死んだと思っていた魚をさばこうとしたら突然跳ね出したような、そんな感じ。


当然いきなり人前でそんな事を言われて16の小娘(あの頃はね…)がハイと言えるわけもなく、
とりあえず記念すべき初男振りはばっさり即決であった。



それからだ。それまで何で気づかなかったんだろう?と言わんばかりに男達があたしに声をかけ始めて来たのは。
一目惚れ、クラスのヤツはもちろん、小、中学校時代は一緒だったけど一度も話したこと無かったヤツとか。




…そしてもうひとつ。


記憶が一緒にひっさげて来たものがさらにたちが悪かった。
無意識の中のカウンター。
前は人を殺すたびに頭の中で増えていったその数が。



もうお分かりだろう。

そう、前世の記憶が戻って今まで7年間、あたしは実に998人の男を振り続けてきたのだ。



中には悪くない人もいて、付き合った人もいる。けれど結果皆振った。
試しな感じで付き合ってはみたけれど、すぐ嫌なところばかり目がいって長くは続かない。



それに途中からどうしても断らないといけない理由があたしには出来たのだ。






大きく深呼吸して息を整えるとあたしは再び階段を登り始め。


ぷるるるる…ぷるる…


…いきなりの携帯の音に思いっきり勢いを削がれた。
誰よ!こんな大切なときに。



「…もしもし?」


『…急にごめん!小川だけど…覚えてるかな?どうしても電話したくなっちゃって!』


あ〜、先週の無理矢理連れ去られた合コンで幹事していたヤツだ。
…確か、同僚のの美佐に猛烈にアタックしていて、あの娘もまんざらでは無かったようだし…
今更あたしの出る幕なんてもう無いはずだけど―


あ…しまった。


この流れはもしかして…


「ははは…どうしたの?美佐と何かあった?うまくいってたぽかったけど」


『彼女のことは…もう忘れたんだ!先週からさ…君のことばかり考えてて!』


やっぱり。


『真剣なんだ!心変わりしやすいとか思われるかも知れないけれど!!』


あーあーあーあーあー。


『僕とつきあっ』


「ストップ。付き合うとして美佐にあたしどんな顔で会えばいいの?
残念だけど貴方と美佐を同じ天秤で掛けることになったらら、あたしには貴方を選ぶことは出来ないの。
だから…」


かちり。


…これで999。もうあとはない。













がたん。




階段を登りきり、施錠されてない仕切りを越えて本当は立ち入り禁止な屋上に踏み込む。
…大丈夫、ケータイの電源は切ったしもう邪魔する者はない(はず)。
間に合ったんだ。


「先輩…」


あたしの声に振り返る屋上に佇んでいた彼。


「ああ、来たんだね」


透き通って何をも浄化していきそうな声に思わず言葉をかけられただけで耳の当たりが
熱くなってきている気がする。


二つ上の、大学時代に出会ったこの高見先輩。




この人こそ、あたしのどうしても断らなければならない理由。



あーつまり…何?そう。


あたしはこの人にベタ惚れしてるのである。





声と同じような全体的に透き通ってるような色素が薄い身体。
頼りなさそうでその実、イメージ通りに何をするにも危うい人なのだが
いざというときにやってくれる頼もしさ…


そんな彼の魅力は全部後付け。




ええ、そうですはい。一目惚れですよ。




とにかく大学に入って適当に入ってみたサークルに所属していた高見さんにそれから付きっきり状態。
もう見え見えだろと言わんばかりに普段頼りない先輩のお世話をしまくり、あからさまなアピールを連発。



だが。もはや呪いとしか言いようがない。



寄りにも寄ってこの人はあたしに告白を仕掛けてくる男内の対象外であり、
何より世界大会があったら間違いなく日本代表、優勝候補の超鈍感野郎なのである。


自分の家に泊めておきながら自分のベッド譲って寝袋で別部屋に寝に行くか?!普通!!




…そんなわけであたしが大学時代4年間に告白してきた実に453名の方々は
考える余地もなく、ほとんど出会って数秒、無差別惨殺に等しい状態で散っていったのである(さよならー)。




それがかれこれ4年。就職先まで追っかけてきたの言うのに、未だに世に言う"アレ"でない。
逆にあまりにも近づきすぎて逆にこちらから告白、と言うのも何だかしづらい状況なのです。








そんな中、危機感は突然訪れたのだ。

あたしに言い寄ってきた男が950人目を越えた当たりから突然のペースアップ。


1000を超えてはいけない…そんな気がする。




ちょうど良い機会だった。あたしは決意したのだ。



「1000までに先輩に告白する」




その告白相手が出張から帰ってきた今日、今この時まで約1日半で
何だか狙い撃ちのように突貫してきたのが49人。…というところで現在に至るワケだ。


ようやく高見さんの目の前までこぎ着けたわけで。









おちつけ、おちつけ。時間はまだまだいっぱいあるではないか。深呼吸、深呼吸。


「こんな暑い中、何だか走ってきたみたいだねー。何かあったの?とりあえず日陰、おいでよ」


ううあああああああ、先輩頼むからめっちゃ緊張するからお願いですから喋らないでください。


そう頭の中でうめきながらもふらふらと近づくあたしの足。




「え、えっとですね。実は昔っからずっと言いたくて言えなかったことがあってですね…」


「あ、そうなんだー。よほど大事なこと?」


「大事です。そりゃもう大事です。なんか誤解されてるっぽいですし」


射程距離まであと3歩。


「ああー、確かに会ってからずっと誤解してるんだったら大変だよねー…納得」


…てか、先輩。このシチュエーションでこういうムード(いやムードは違うかも知れないけど)。
お願いだからいい加減気づいてくれませんか…?あと2歩。


「あたし…もう今更に近いから、ずっと怖くて言い出せなくって」


…後1歩。


「だから!!今言います!!あたし!!貴方が…」









『みつけたぞおおおおっ!!!』


それは思い切り聞き覚えがある声だった。


おそるおそる声がした後ろを振り返ると、このビルの屋上までダッシュで走ってきたのであろう巨漢の男が立っていた。


「…こっ耕平?」



「小野耕平」…あたしの昔からのいわゆる幼なじみだ。
ここから5時間はかかる実家の家業を継いでいるその耕平がどうしてここにいるかって?いやちょっとまってそれはどうでも良いというかもはやなんなのこれ滅茶苦茶ただ邪魔って言うかあんた一体何しに来たってもうわかってるとゆーか。ごめんもうこれ以上悪いけど何も言わないで。


そんな声にならない悲鳴を上げるあたしを無視して(無視するなよ)、
耕平はほとんどあたしにとってはレクイエムな
図体に心底似合わない言葉を紡ぎ出す。


「わし…突然分かったんじゃ。今までどんなにお前の笑顔に救われてきたか。ただ、あまりにもお前が近すぎる存在で今までわからんかった。ワシ…」


「わかった!わかったから!ごめんお願いだから5分待ってというかとりあえずその台詞言い切るのだけをお願いだからやめてお願いだから…」



「ワシの嫁はお前しかおらんのじゃあああ!!」


「いいいやあああああああああっ!?」









○| ̄|_終わった…












数分の沈黙。




「どうじゃ?ここまでわざわざこのことを言いに来たんじゃ…ごばああああ!?」


眉間にヒールがストライク。



「『じゃ』じゃないわよ!!あんったねぇ…これからあたしが1000人目前に先輩へ4年たってわざわざ今更な感じででも思い切って告白しようってのにねぇ!?」




「あはは…ホントに何だか今更だねぇ」


「そうそう…って、きゃあああああああ!?言ってるしぃぃぃぃ!!?」


転げ回るあたし。もう何が何だか。


「あははは…てっきり僕、もう君と付き合ってると思ってたんだけどなぁ」


「…は?」


「違ってた?」



カチリ。頭の中でカウンターが動いた音が鳴った。








…結局あたしのカウンターはどうなったかというと、「1000」ではなく表示されていたのは『1』だったこれしかわからない。
1000になったからこうなったのか、はたまたあたしは1000までに告白が出来ていたのか。
今じゃわからないけどさ。まぁ結局、今回も1000にはあたしは縁がなかったということ。
ホントにつくづく1000には縁がないようだ。


まぁ、ちゃんとした1000達成は次の世にお任せするということで。
<完>