Date or Die 24話

「…サテラ、私たちは何度も言うように君を疑ってはいない。聴きたいのは君の上司、マッドの話であってあくまでこれは尋問ではなく聴取なんだ」

つまりは状況によっては尋問にも拷問にもなりうる…そういう意味だろう。
サテラが監禁されている営倉の入り口にある取り調べ室。先日の彼女の地球到達の際に持ち込んだ「ブックマーク」によって開通された単独ワープ(実は複数あった彼女の任務の1つでもある)にて早速緊急離脱した彼女を待っていたのは、自身が所属する対外捜査局(当局と呼ばれている)の役員であった。身柄を確保され、訳の分からないまま一晩営倉にぶちこまれ、早朝に取り調べ室に呼ばれ今、机を挟んで目の前にいる初老の当局役員から聞かされたのが、マッドの反逆罪適用の可能性だった。

部屋内では観ることが出来ない朝日が差し込んでいる窓から視線を戻し、サテラは同じことを答えた。営倉に入れられたのは正しい処置だったのかも知れない。随分と頭は冷えている。

「既に私は主任に関して知りうることは総てお話しした。今回の作戦も与えられた任務をこなしただけだ」

「その任務が問題なのだよ、君達に与えられたのはあくまで監視だ。接触してはならないことを厳命されたな。だが、君の上司はターゲットを君を使い孤立させ接触。そして今、全くの音信不通ときている」

「…と言うことは当局でも主任の接触の理由がわからないと言うことか」

「意図的に接触の際に通信を切られていた。従って会話のログも残っていない。命令違反と脱走。彼が今微妙な立場にあるのは判るだろう?…もちろん監禁、死んでいる可能性は除いてだが」

腑に落ちない点はあるが、いいががりや、策略ではなく純粋に反逆罪が適用されようとしている――その点に付いてはサテラも納得した。数ヶ月前当局の秘密部隊に配属され、それから面倒を見てもらっていた上司。飄々としているし、他の同僚と比べても愛国とか忠誠とかとは無縁というか、見た感じ足りなさそうで…一言で言ってしまうと「違和感がある」男なのだ。もちろんエリート集団と言っても語弊ではない当局で1部隊(と、言ってもサテラとマッドだけだが)を任されているのだから、何らかの成果を詰んできてはいるはずだし、彼女の感じた違和感は「何らかの意図」とは無縁だった。それはきっとサテラだけが特別感じていたものではなく、当局通して、ほぼ同意見だろう。そんな男の突然の命令違反―逆にそれが当局を慌てされたのかもしれない。下っ端のサテラも例外なくマッドが何を考えているか分かるはずもなかったし、マッド自身下っ端の彼女に何かを背負わせたりという話題や命令はほとんど無かった。…たった1つを除いて。

「だが私の任務は目標を孤立させることではなかった。本来は主任と私は合流する予定で、単独で行動することになったのは偶然だ」

「再確認という形になるが、君は今回の調査がターゲットへの接触厳禁であったことを知らなかったのだね?」

「主任からは何も聞かされていなかった」

彼女の答えは命令違反の責任を上司に押し付けるかたちになってしまうが、真実。中途半端なかばいだては、余計な嫌疑を生むだけだ。

「だが、そうだとしても結果的にターゲットを孤立させ接触した。これは間違いない…む、失礼」

扉近くにいた士官から耳打ちされ、役員は小さくうなずいた。

「まぁ、そこまで有益な情報は聞き出せないと思っていたが…手間をかけたな、サテラ・ディクストーン捜査員―釈放だ、ついてきたまえ」

「はっ…お疲れさまであります」

役員が立つのと同時に彼女も立って敬礼する。


当局の裏道に続く静かなだだっ広い廊下。そこをサテラと役員、2人の憲兵が歩いていた。

「1つお聞きしたいのですが」

「何かね?捜査官、問題ない範囲なら雑談として答えれるが」

「今後の私の処遇ですが」

ううむ…と少し考えた後役員は口を開いた。

「あくまでこれまでの事例に基づいたのであれば…2人で構成された君たちの部隊は当然解散…だな。無実であるならそれ以上不利益を被ることはないと考えて良いぞ、捜査官」

「…と、言うことは私はどこかの部隊に配置換え、ですか」

「そうだろうな。だがおそらく同様の任務は回ってこんだろうし、事が収まるまで自宅で謹慎して貰うことになるだろう」

「そう…ですか」

一番怖れていたことが―やはり起きてしまった。二度と…地球に行くことが出来ない…




(私には…あそこでまだやることが)





『ならば全てを捨てても確かめたい、そう思うのも一興ではないか?サテラ』






声が―聞こえた。





「…どうした?捜査官」

立ち止まったサテラに役員も足を止めた。…この様子だと彼には聞こえていないらしい。

「いえ!!なんでもありません!通信機が…外部から連絡のようです」

「先ほど返却したやつか…外に出るまで電源は切っておけと言っただろう…まぁいい、取り次ぎを許可する」

「はっ、失礼します」

そう言ってサテラはきびすを返し、壁際に張り付いた。電源の入っていない通信機を耳に当てる。

(しゅ…主任!?どこから?いや…どうやって?)

『とある特殊回線でな、直接君のネットワークに接続している…後数分はこの通信は解析されないはずだ。私に反逆罪が適応されるそうだな、迷惑をかけた』

(他人事ではないでしょう!?どうするつもりなんですか?)

『もうそちらに戻ってくることはできんな…考えただけでぞっとする。まぁ、当局が害を及ぼさないと判断されるまで逃げ延びるつもりだよ…いや、そんなことはどうでもいい。大事なのは君がこれからどうするかだ…こうなったのも私に一介の責任がある。手助けする準備がこちらにはある』

(手助け?)


『こちらに…地球にもう一度戻りたいのだろう?…兄と会うために』


兄。その存在をサテラに示唆したのも彼女の上司(主任)、マッドだった。何故、兄が今更、しかも自分の住んでいる星と違う場所に存在しているのか。

「本当かどうかは会えば分かるさ」

そしてサテラは(物陰からだが)会った。…分からない―本当なのか、自分と似ているのか似てないのか。ただ、はっきりと意識できたのは兄だと言われたその男が笑うたびに、他の地球人―いいや、自分の星の人間を含めても感じたことがなかった得も知れぬ喜びが身体から湧き上がってきていたことだ。その不明な感情は膨らみ続け、恋い焦がれるような期待感を持たせてゆく。



会いたいに決まっている。…でも今は。



(まだ…ことが穏便に運べば、主任と組んでそちらに行ける時が間違いなくあるはずです。主任もこちらに今戻れば大丈夫なはず。ここは時を待った方が…)

『…むむむ、そう来たか、それは考えていなかったぞ、サテラ』

(…は?)


主任は言った。

『てっきり戻りたいと言うと思ってGOサイン出しちまったぞ』



…最後の方は爆音で聞こえなかったが。






いったいどうやったのか。何がどうなっているのか。各箇所から火の手が上がっている。あれか、どさくさに紛れてこっちに来いと言うことか。
…事態が収拾次第、当局は屈辱的なこの事態の捜査に即刻乗り出すだろう。謎の通信に不自然に電源が入っていない通信機で誰かと話す捜査員。

「こ…これは一体!!爆発か?!…捜査員!はっ、まさかさっきの通信の相手はぁべし!!」

…お約束のように勘のいい人間が近くにいるわけで、今回の好例であった役員(ついでに憲兵も)をサテラは絶妙のツッコミタイミングで殴り倒す。あの鉄人比奈乃も一撃で昏倒する破壊力である。エリートガリの中年が耐えうる防御力を備えているはずもなく(しかも今回拳だし)、役員は鼻血を出して昇天した。

「ああああ…つい手が勝手に…」

『はっはっは、気味のいいが聞こえたぞ。これはお前ももう帰れんな』


…誰のせいだ、誰の。



しかしマッドの言う通り、これでもうサテラも当局にいることは出来なくなってしまった。一番安全な場所は…多分…


「しゅ〜〜に〜〜〜ん〜〜〜…」


目的の場所へ向かいながらサテラは呪詛の言葉をつらつらはき出していた。










夜。



比奈乃が入院している病院の奥にはちょっとした山があり、街で聞いても恐らく誰ひとりとして何を奉っているのか知らないであろう神社がある。時間にして病院から10分くらいだろうか。汗を拭きながら晃樹は細い登り坂を登っていた。この前のデートと言い、今回と言い間違いなくここ数日は折った足に負担をかけているが、そんなことを言ってはいられない。桟道は山の面に沿ってジグザグになっているため、高さの割りに距離があるが、木々の間から街の灯が映る様はこの街の隠れ名スポットの1つとしてもいい位美しいものであった。


(比奈乃はここ、知ってるのかな。…起きたら聞いてみるか)


むしろ「知らなかったの?」と言われるような気がするなぁ、と思わず苦笑する。比奈乃の意識はまだ戻らないが、おそらく起きるのも時間の問題だろうと医者に言われたこともあり、晃樹の気持ちも随分と軽くなってはいる。…だが。


(俺は比奈乃を守ってやれなかった)


病院で鉢合わせたあの男。物騒な姉ちゃんとか言っていたか。名前も知らない輩だが、含みのある妙なことを言っていた。聞き流そうとも思っていたが、その後に入院中の子供がくれた自分宛の手紙。中に入っていた紙には日時と場所、そして一言。


「男からの預かりものを返してもらおう」


今日の夜、場所は向かっている神社。預かりものとはおそらく今晃樹のウエストポーチに入っているリレーバトン小程度の棒状のもの。
一体これが何に使うものなのか、そんなことは知ったことではない。ただ、知りたい。比奈乃が何に巻き込まれたのか。出来ることなら、比奈乃が巻き込まれてしまっていたのなら助けてやりたい。そのためには…まず自分が知る―何も分かってない自分は無謀でも飛び込むしかないのだ。次第に痛みで重くなる足をひこずるように晃樹は坂道を登っていった。




突然。





先に見える神社の境内が青色に光り出した。そこへ別の複数の光が山の頂上の高さくらいから忽然と現れ、螺旋を描きながら降下しと思うとカッ!!と一瞬まばゆい光を放ちゆっくりと消えていく…


「な…なんなんだよ、くそっ。わけのわかんねぇことばっかり起きやがって!!ここはSFの世界かっての!!」

半ばやけくそ気味で晃樹は境内に向かって走り出した。











吐き気がする…


二度目の地球への降下も一度目と同じく最悪のものだった。まともに立っていられないほどの疲労感…そして…

(やはり身体が縮んでいる…)

理由は不明。だが、地球に降り立つとサテラの身体は10年以上も昔の自分のものになっているのだ。
記憶以外は完全に時間が逆戻りしている。マッドもサテラほどではないにしろ多少若返っていた。
今の彼女の推定年齢は12歳。


(この身体では同情は買えても生活は出来ん…)


故郷を追われてしまった以上、彼女は誰かの庇護下に入るしかない。
マッドを探すか…それとも…


(だめだ…眠い)


閃光を放って「ブックマーク」が崩壊する。それと同時にサテラの意識はあっと言う間に暗闇に支配されていった。





誰かが―




誰かが呼んでいる気がする…


ほとんど眠気に支配されてる脳がサテラに最後に残すことを許した言葉は、彼女が…密かに対面した時に呼ぼうと思っていた名称。



「…晃樹…お兄さま」


彼女から最後の力が抜ける。だが、その身体は何かに支えられたため地面には触れなかった。