リレー小説第18話

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『くくく…念のためだろうが私の変装のカムフラージュで別の男と共に行動するとは…我が部下ながら実に見事だよ、サテラ』

比奈乃が陽介とサテラに気づいたとき、お忘れかも知れないがサテラの上官である男―マッドも晃樹を(ようやく追いつき)見張っていたのである。陽介の変装とよく似たサングラスと全身黒コート。当然夏場なので中身は汗だく、コートから湯気のようなものがもくもく出ている。周りの人間はもう何というか怪しさを通り越して何かの罰ゲームだろうと彼の体を心配する視線を送っている輩の方が多い。さて、このマッドという男、サテラとのミッションである晃樹の監視とは別に接触することでの能力の調査という指令も受けている(勿論サテラは知らない…禁則ではないが聞けばサテラも会いたがるに違いない)。晃樹の連れをサテラが食い止めている今この時こそがチャンスだ。彼は休憩所に座っている晃樹の元へ向かっていった。


(…やっぱり俺か、俺目当てなのか)

どうか俺を見ている(っぽい)あの変態黒コートは俺の関係者ではありませんように…という願いむなしく、こちらをずっと見ていたあの黒づくめがゆらりゆらりと晃樹めがけて近付いてきた。…仮にあれが知り合いならば『あれ』が『何』なのか、見当は比奈乃が付けられてると言った時点である程度予想はついているが…

「くくく…お前が石本晃樹だな」

(…違う、親父じゃない)

てっきりうちのバカ親父だと思っていた晃樹は内心うろたえた。何せマイファザー以外の変態さんと会うのは初めてである。近づいてきただけでそのコートの中の湿った空気が漂ってきそうだった。

「あ…あんた何もんだ?こんな夏場にそんなコートなんかを…」

「私の素性などはどうでもいい。何故ならお前は私の言うことを聞かざるを得ないのだからな」

「何だと…?」

「別にとって食おうと言うわけでは無いんだよ、石本晃樹。ちょっとこの建物の―屋上に一緒に来てもらいんたいのだ。神妙にしてくれればキミの大事な人は傷つかないですむ」

(比奈乃か…!?確かに様子が変だった)

おそらく何かに気づいて俺と別行動して捕まってしまったのだろう。

「…わかった屋上だな、ついていく。そのかわり比奈乃には」

「心配するな、危害を加えるつもりはないよ」

(しかし…気になるのは屋上ってところだ、屋上は確か…人払いが出来る場所でもない…あそこは確か)

「ふっ、気づいたようだな石本晃樹。キミの実力を確かめさせて貰うよ」




                      〜★〜




そんな光景をサテラはちっとも把握していなかった。…というかそれどころではなかったのである。


(…まずい。まずいまずいまずいまずい)

石本晃樹の連れのこの女…絶対何かに感づいている!その証拠にこの女、明らかに目立つこの男ではなく私 方ばかりチラチラと見てる!どうする…?

なるべく目を合わさないように視線を泳がせながらサテラはどう切り抜けるかを考えていた。

…そうだ。『嘘ではないこと』を言うというのはどうだろうか。この男はともかくとして、先ほどまでの備考から察するにこの女は…石本晃樹と親しい間柄ではあるが、実はつき合いは長くないらしい。家族構成の知識が十分でない可能性は高い。そう、つまり私が…石本晃樹の…




                      〜★〜




「さ!!どういうことか聞かせて貰おうじゃないの!」

中岡比奈乃は当然ながらこの言葉を変態な格好のオヤジの方に向けて…というのは実はすでにどうでもよく 共に行動していたサテラに釘付けになっていた。この制服…どうもうちの学校の制服のようだが…


(か、かわいい…)


サテラの華奢でちょこん、とした存在感はまさに比奈乃の"ツボ"だった。抱きしめたい。頬ずりしたい。そのまま家までお持ち帰りしたい…!!ああ、こんな娘が妹だったり、ましてや「お姉さま」とか言って後ろをとことこ付いてきたりなんかしたら…!!


(きゃぁぁぁっ!!死ぬ!あたし絶対そんなになったら萌え死んじゃう!!)


真っ赤になった顔を両手で振り回しながら何とか自制する。


―落ち着け比奈乃。今はこの二人の素性を明かすのが目的よ。

「ははは…何か勘違いされておるみたいですが…私たちはタダの通りすがりの親子ですよ。散歩をしてたら良いカップルを見つけましてね―こう見えても私写真家でして。後から雑誌に使わせて貰えないかと相談させてもらおうかと思ってたんですよ、な。佐寺」


(…この娘の名はサデラ?サテラ?良く聞こえなかったけど…直接聞けばいいのか)

比奈乃は父親らしいそれを正すため(内心歓喜しながら)サテラに近づいた。彼女の背に合わせるように中腰になる。

「えっと、サデラ…ちゃん?でいいのかな?今の話は本当なの?」

俯いているその娘が息をぐっ、と飲むのが分かった。

「サテラだ」

「じゃあ、サテラちゃん。今の話は…」

「本当だ…私は」

そこで睨むようにサテラは比奈乃を正面から見据えた。



「私は…石本晃樹の妹だ」




                      〜★〜




そういえば比奈乃は晃樹の家族構成をあまり知らない事に気づいた。見舞いの時に晃樹の母とは何度か会ったことがあるが…

妹…晃樹に妹がいた…

そう、それで比奈乃の謎は全て解けた。
つまり、この妹は兄のことが心配で心配でこっそりと付いてきてしまったのだ。
大好きな兄が…どんな女と付き合っているのか…場合によってはきっと



「あたしのお兄ちゃんを取らないで!!」


とか言って飛び出してくるつもりだったんだ!!


「はああっう?!」

自分の妄想に思わずサテラの前に跪いてしまう。…こ、これが!!兄妹愛なのね!!


その妹は…めちゃめちゃに可愛くて…ということは自分の彼氏の妹なら抱きついたり頬ずりしたり場合によってはあわよくば1日お持ち帰りとか出来るのではないか?


そう、まさにそれは「比奈乃様が見てる」




「サテラちゃん!!」


おもわず比奈乃はサテラに抱きついた。


「ごめんね!!心配かけちゃってごめんね!あたしちゃんとサテラちゃんに心配かけないように晃樹のこと大事にしていくから!!」

すりすりと頬ずりをする。

「…わかった」

何かに押されるように妹…サテラがつぶやく


「きゃぁぁぁ!!もうかわいいい!!たまんない!!」

ああ、こんな可愛い娘が身内なんて!
比奈乃はサテラをより一層強く自分に引きつけた。




                      〜★〜




…作戦は完璧だったはずだ。この佐寺という晃樹の追っかけと親子という設定。あとはこの娘が「そうです」と答えるだけで問題なかった…事実、晃樹の彼女は涙を流しながら(よく分からないが)、この娘を許したらしい。

だが。…妹?おいおい、確かにワシは晃樹の父親だから親子=晃樹と兄妹という関係になってしまうが…まさか、この娘はこのワシが晃樹の父だと知っていて付いてきていたということか!!

(どうもワシはこの娘っこを侮っていたな)


…だが。気になるのはその妹発言。その目は絶対で決して嘘を言っていなかった。

(もちろん晃樹の他にワシたちの子供はいない…ワシはそんな記憶ないし…)


まさか。


陽介はくるりと比奈乃を気にしながら(もともと既に比奈乃の中にオヤジは目に入っていないのだが)きびすを返すと、ケータイを取り出した。




…長いコール音の後



『はぁい、石本です』

「もしもし!母さんか!ワシだ」

『あら、あなた。どうしましたぁ?』

「母さんはワシを…」

『愛してるわぁ、もちろん』

「だよな!い、今!!晃樹の妹だと言う娘が現れた!!」

『あら。勝手に恋人を名乗る雌豚の話は良く聞きますが、妹とは珍しいですねぇ』

「わ、ワシはお前さん一筋でこの20年やってきた!他に女なぞ…」

『あらあら、私を疑っているのかしら?』

「そ、そんなつもりはないただ…念のため確認を…」

『そうねぇ…可能性は低いと思うけど…おほほ…』

「な…何でそこで可能性自体を否定してくれないのぉぉ母さん〜!!!




                      〜★〜




…嘘は言っていないはずだ。ただ、今後のことを思うとその場しのぎのあまりいい発言ではなかったかも知れない。

それなのに。

石本晃樹と一緒にいた女は自分にしがみついてくる、連れだった男は泣きながら電話を始める…

(地球人は未だよくわからんな…)

とりあえず、この石本晃樹の連れの女を抱き込むことには成功したようだった。