リレー小説第8話。
1話(あきよし氏) 5話(シェキル氏)
2話(cgmi氏) 6話(あきよし氏)
3話(わし) 7話(cgmi氏)
4話(H.M.B.氏)
その男は数年前に起こった大震災の被災者であった。
「君、ちょっといいかな?」
「はい?」
自分を彼氏(だろう)に見間違えた少女はまさか逆に話しかけられるだろうと
思ってみなかったのだろう―ちょっとつんのめるようにこちらを振り返った。
間違いなく上物と言っていい。心中舌なめずりしながら男は続けた。
「君の探してる男の特徴を教えてくれないかな。もしかしたら見かけたかも知れないし、
僕も幸い怪我ひとつしていないみたいだからこれから状況を確認しようと思ってたんだ。
そのついでに探すことが出来る」
「ほ、ホントですか?」
…そう、こういう惨事の時こそ人は冷静に判断が出来なくなる。
普段考えれば、まずあり得ないと思っていることも、でもこうあって欲しい…
と言う願いが強すぎて何を考えるのにもその可能性を捨てきれないのだ。
―それが自分の大切な…恋人や家族であれば尚更。
彼はそれを以前の震災で嫌と言うほど思い知らされた。
生き埋めになった家族を助けてやるといった男達に騙され…全てを失った。
だからこそ。今自分はこの中で最も冷静な一人といえる。
おそらくこの少女が探している男はもっと奥の車両だろう。もっとも奥に行けば行くほど
助かっていない可能性の方が高い既に確認しているが、こっち側と奥ではけが人の数がずいぶんと違う。それを証拠にこちらにいる人間は事態の大きさをさしてまだ把握できていないようだ。だからこそ、奥の…人気のいないところへ行ってしまえばこちらも無傷だ。
どうとにでも出来る自信が彼にはあった。
「えっと…えっと、そいつって背は…割りと高いって言うか…あたしより10センチくらい違う位で、割りと身体はしっかりがっしりしてる。そのくせに何だかスマートに見えるのが悔しいのよね…で、髪型が…あなたのをもうちょっとつんつんさせた感じだったと思う」
…聴くからにこの娘はどうして自分と彼氏を間違えたのだろう。よほどこの事態で焦ってるのか。まぁ、それの方がこちらとしても都合がいい。
「その探してる人ってどこの駅でこの電車に乗ったの?」
「う〜ん…確か…どこって言ってたっけ?東村崎駅…だったと思う」
「…運がいいな。ちょうど僕もそこから乗ったんだ。さっきそこから乗った人少なかったし
一緒に行けば見つかるかも知れない、さぁ行こう」
「あ、ありがとうございます!!」
「…お礼は後で良いからとりあえず奥の方から」
かかった。彼はそう確信した―
〜 〜
「悪い…秋岡さん、付き合わせちゃって」
比奈乃に会った優子は結局晃樹の元に戻ってきていた。
「ううん、やっぱり自分だけ逃げるっていうのは悪い気がして。比奈乃にはさっき偶然会った時に出口の改札の方に向かったって言っておいたから大丈夫だと思う。私が石本君が行けなくなったこと知ってたらおかしいと思ったから。」
「そっか…ありがとう」
救助員の手で担架に乗った晃樹は連れて行かれる。それに付いてくる優子。
「気にしないで、変わってるけど…比奈乃大事にしてあげてね」
「なっ…」
「ふふ…顔に出てたよ、石本君」
当の比奈乃がまだ駅を出ていないのを知らず、二人は駅の改札へ向かった…
〜 〜
「あ、いえ―今で良いんですよ。お礼」
「…は?」
「おかげでちょっと冷静になれました。よく考えたら晃樹クンこれに乗ってるかどうかも怪しいんですよねー。つーか人間違いする時点でダメダメでした」
…えっと。
「そう、怪しいと言えばむしろあなた。ふつーこんな状況だとさっさと逃げますよ」
すっ、と少女が自分に寄ってくる。
「い、いや!!僕はこう言うのに馴れていて…だから被災した人たちを助けようと」
下がる男。
「だったら尚のこと『一緒に行こう』って言わないと思うんですよねー」
寄る。
「ああ…だから」
下がる。
「あれです」
…止まる。笑う。
「獲物の前で舌なめずりは良くないですよ」
〜 〜
晃樹と優子が改札口にたどり着いた時見たものは。
K1戦士ばりのハイキックを顔面にたたき込まれて綺麗にぶっ飛んでいる男と
決めた後に周りを気にせず先ほど繰り出した蹴りを自画自賛しまくる同年代の少女の姿だった。
「石本君…お相手の人見つかったみたいだし…私パスして逃げていいかなぁ」
「…出来れば一緒に素通りしてくれないか…他人の振りで」
…何はともあれ。二人は惨事の中、無事に出会うことが出来た…らしい。
寝ている晃樹の隣で救助隊が無線で担架をもうひとつ要請していた。
次回を待て。